嘘だろ? またGo to トラベルを使ったのか?

 驚くべきことに、線対称かつ点対称の漢字が7文字連続する美しいタイトルをもつ記事です。

 我々硫化西部一家はかねてより、少しでも税金の匂いを嗅ぎつけると直ちに回収に向かうという所謂「模範的な市民」ムーブをかますことで、多くの人々より畏敬の念を集めています。タイルや石畳舗装の道路があればなるべく力強く踏み鳴らして歩き、きれいに整備された花壇があれば、植わってる花をすべて漏れなく写真に収め、公道上に設置されたベンチがあればすべて一回ずつ座って座り心地を比較したりする……そういうことをする家族なので、Go to トラベルの35%割引に加え「15%分の地域共通クーポン」が追加された日には、もう直ちに貯金を取り崩し、強行軍で1泊2日に出かけたわけなんですね。まあ旅行好きってことです。Go to トラベルを3か月で3回使うことを除けばごくごく謙虚な家系なんです。ケチではない

 ということで自宅を7時台に出るというのに前日夜4時半まで起きていた私は死にそうになりながら北陸新幹線に乗り、寝たり起きたりしながら長野までたどり着くことに相成りました。しかし良いですよ長野というのは。なにしろすべての道路が微妙に傾いてるんです。

 長野駅に着いた後はとりあえず荷物を置いてから善光寺へ向かいます。

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 長野駅方面から善光寺に来るときは大門という門の前でバスを下ろされるのですが、そこから先の門前町が意外と長いです。この門は善光寺の仁王門で、大門と山門の間に位置します。その名の通り、中には仁王がいます。なかなか普段の生活で仁王と触れ合う機会ってないと思うので、仁王不足を感じている方にはおすすめのスポットとなります

 善光寺、長野周辺の人にとっては七五三参りの定番スポットになっているらしいですが、首都圏に住んでいるともはや、「牛に引かれ続けると最終的にたどり着いてしまうこの世の果て」的な認識が最初に来てしまいがちです。でもこれからの時代は個人主義の時代ですから、牛に引かれて来るのではなく、しっかりと自らの意志をもって善光寺参りをした方がいいよね、というような教訓を語りかけてくるような門が、この仁王門になります。ちなみに善光寺境内には「人々を善光寺へと引きずり込む牛」の像が置いてありますので、牛不足を感じている方にもおすすめです。

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 これは善光寺の本堂というか本丸というかアレです。手前に置いてあるのは巨大線香立て(正式名称がわからん)ですが、中ではもう猛烈な数の線香が真っ赤な炎をあげて燃えており、さながら火事の様相です。この日は空気が乾燥して風が程よく強い気候のため線香がよく燃えるのです。私の母が買った線香も見る見るうちに火焔に包まれてしまいやむなく巨大線香立ての中に投げ込んで処理することとなりました。

 善光寺の本堂の中には寺らしい装飾が大量にあるため、非常にブッディズムを感じます。ちょうど中では七五三のご祈祷が行われており、祈祷中は通常は秘仏として幕がかかっているご本尊……が中に入っている厨子を一瞬だけ見ることができます。

 ……しかしその一連の流れ、もう驚くほど大袈裟なんですね。厨子が御開帳されるのはほんの5~10秒ほどですが、まずお経があって、木魚がポクポク鳴ってたところに銅鑼がジャーンと入るのが御開帳の合図。そこからはもう変態めいたポリリズムで銅鑼がジャーンジャーン打ち鳴らされて、おまけに本堂の隣にある鐘楼にある半鐘的なものがジャンジャン鳴るのも聞こえて、もう、なんというかフルオーケストラなわけです。この意味不明なエクスタシー感は昨今のコント番組の演出にも通じるものがあるなあなどと思い一人感慨に浸ったわけでした。これを見れただけでも親に引かれて善光寺参りをしたかいがあったというもの。

 善光寺のネタはこれだけにとどまりません。本堂には「参拝するためのmystical地下道」的な謎施設が用意されており、ほとんど明かりのない暗い道を手探りで進みながら「天国への錠前」に触れるという、もうウォルト・ディズニーもびっくりレベルのエキサイティングなアトラクションが楽しめるのです。いつから設置されたのかはわかりませんが、昔ながらの宗教の現場で現代アートに通じるインスタレーション要素が取り入れられてるあたり、大変興味深く思いました。いや本当に、宗教という下手したら捉えどころがなくなってしまうものを、こう実体験の形にメタファーするって形態はすごい。なんでもアートか否かみたいな視点で見られがちな現代だからこそ、しっかり見て感じておきたい施設の一つでしょう。ちなみに、あんまネタバレとか良くないかもしれないんですが、「天国への錠前」らしきモノのにも無事触れることができましたのでご報告までに。

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 そして、善光寺の山門は、登れます(料金が必要)。落下防止ネットのためきれいな写真は撮れませんが、長野市街方面にまっすぐ参道が伸びてゆくのは見ていて胸がすく思いです。なお、門の内部にはいにしえの来訪者たちが参拝の証に残したサインが大量に残されており、これを読むだけでも大変楽しめます。記された年号は明治か大正のものが多く、まれに昭和のものがみられます。現代では文化財なので書き込みはもちろんできませんが、昔のおおらかさとか善光寺参拝にかける気迫みたいなものが、非常に生き生きとした形で伝わってくる良い遺構だと思います。

 さらに、善光寺の輪蔵は、回せます(これも料金が必要)。今時回せる輪蔵って本当に貴重です。輪蔵というのは要は回せる本棚で、中には仏典が収められており、一周回すと仏典をすべて読んだのと同等の功徳が得られるとの触れ込みです。だったらもう仏典読む意味ないじゃないかというような滅茶苦茶な趣旨の施設ではあるのですが、しかしこれは宗教を大衆化するうえでは非常に重要なシステムなんですよね多分。輪蔵は中国南北朝時代の発明とされますが、当時仏典を読んでその「功徳」が得られるのって本当に一部のエリート僧侶だけだったと思うんです。で、そこに突如として降ってわいたのが輪蔵という「回すだけで誰にでも功徳を与えるシステム」。はっきり言ってチートですし、真面目に仏典を一巻一巻読んできた高僧たちにとってはある種の侮辱に映ったかもしれません。性質上、かなり強く、継続的な圧力もあったと思うのですが、しかし本当に凄いのは、現代まで輪蔵という出鱈目なシステムが生き残ってしまったことでしょうね。やっぱり宗教は面白いです。

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 昼食は長野でちょっと有名らしい竹風堂で栗おこわの定食をいただきました。この品数がありながら、信州要素がないのはお盆とお茶と割り箸だけという徹底ぶりで、観光客にとっては大変満足感のあるものに仕上がってると思います。料理としての質も一流。栗おこわというのは素朴な料理ですが、一口食べるとその完成度に驚きます。栗も甘露煮じゃなくて茹で栗なんですよ。……そして川魚は茹で魚じゃなくて甘露煮です。だから何だって話ですが、逆よりは良いでしょ。

 食事が終わると長野駅まで徒歩で戻ります。長野の町並みは新しい建物と古い建物が渾然一体となっているあたりが見どころですね。私の生活圏内では割と歴史の浅い市街が多いので新鮮に映ります。特に昭和年間とみられる看板が多く保存されており、かつどれも状態が良いというのは首都圏ではあまり考えられない景観な気がします。

 長野駅から湯田中へは長野電鉄の特急で向かうこととしました。私の要望もあってのことですね。長野電鉄には以前から個人的興味があったのです。地方私鉄としては断トツで長い地下区間、一部区間の複線設備を生かした高頻度運転、民鉄ではおそらく唯一の鉄道道路併用橋、見渡す限りのリンゴ畑の景観、そして最後には扇状地の急傾斜を無理やり上って湯田中温泉街のど真ん中に乗り込んでしまうという、「長野電鉄長野線」という平凡そうな社名、路線名からは想像もつかないダイナミックな路線です。最高速度も90km/hと地方私鉄にしては高速で、同じく有料特急を運行する富山地方鉄道と並び、日本指折りのネタ満載地方私鉄といえるんですね。

 特急車両はスノーモンキーの方で、かつてJR東日本で成田エクスプレスとして走行していた253系を、良くも悪くもそのまま持ってきたような車両。良くも悪くも、というのは253系時代に微妙に不評だったとされる「転換もリクライニングもできない座席」がそのままだからですね。見た目はエアポートらしくていいのですが、単純にJRのA特急に充当するにしてはちょっと冒険しすぎでは……と。まあ長電特急はどこまで乗っても100円均一なので不満感は無いんですが、それにしては同僚の元HiSE『ゆけむり』に微妙に頭が上がらん感じが……。ルックスはスマートですが、どこに行っても若干滑ってしまう車両、それが253系なんですね。奇しくも志賀高原へのスキー客を運ぶ使命を得てしまった皮肉。ちなみにかつてグリーン車だった車両も今では同一料金なので、同じ乗るなら元グリーン車の方がいいです(ただし元グリーン個室は別料金)。

 長電の地下区間への形容というのは人によるところだと思うのですが、私は簡素化された名鉄瀬戸線の栄町に似てると思いました。全体的に設備は古く無骨な印象ですが、しかし全体的に清潔で、地方私鉄らしいミニマムさも好印象。古い建築でも清潔な印象を保てるというのはそれだけ日々の扱いが丁寧ということでもあり、ぼろさばかりを強調して取り上げるのは正直ちょっと違うかなと。地上に出てからも、どことなく名鉄感のある沿線風景が朝陽まで続きます。いや窓が汚れてるから名鉄っぽく見えるだけかもしれん()

 朝陽を出ると千曲川を渡るために坂を下りますが、視界も大きく開け対岸まで見通せるようになります。この眺めも、長野という町の醍醐味の一つですね、などとわかったような口をきいてみる。村山橋は貴重な鉄道道路併用橋で、最近架け替えられたためきれい。あと何十年かはこの光景も残ってくれることでしょう。須坂を出ると車窓にはリンゴ畑が目立つようになり、リンゴ畑名物トンビの形の案山子(しっかり空も飛んでいる)もお出迎え(これを見ると長野に来たなぁという気分になる)。列車は80km/hほどで走行するため悪くない速達感があります。この辺の地形はとにかく微妙に傾いていますが、線路は小刻みに勾配を変えながら引かれており線形は割と良い。

 信州中野からはぐっと速度が落ち、急カーブで迂回しつつ、33~40パーミルという連続急こう配を休みなく登って終点湯田中につきます。勾配区間とはいえここも扇状地の中なので視界は常に開けており、あたかもひな壇を登っていくような胸のすく景観が広がります。この解放感、カメラの画角じゃ伝えきれません。一度現地に足を運んで乗ってみてこそ見られる眺めですよ。そう。いいから長野まで来て、湯田中まで長電に乗るんだ。

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 湯田中駅より長野方面を望む写真。駅のすぐ直前まで40パーミル勾配が続いています。

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 湯田中駅の反対側はすぐ道路で、道路を渡って30mくらいでもう湯田中温泉の旅館街なんです。日本全国温泉のある駅は数あれど、これほど「温泉街に突き刺さってる感」の強い駅は無いと思います。なんかもう、電車が温泉街のシンボルとして展示されてるようにすら見えちゃうんですね。完全に鉄道がストレンジャー。志賀高原へのアクセスバスも発着してますし、スイッチバック駅時代の遺構もよく残っていますし、棒線駅のロケーションとしては日本で指折りなんじゃないでしょうか。

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 湯田中温泉街はこんな感じ。紅葉のシーズンを選んできたかいがあったってもんです。もう絵に描いたよう、和風ファンタジーの世界みたいですよ。うん大好きなんだわこういうの。

 それにしても、昨今の情勢のためか長期的な傾向か、全体的にやや寂れた宿や店が多いような気が……。温泉街としての機能はまあ十分保ってるようなので、ほどよく静かな温泉街でありながらコンビニが至近にあるという、いわゆる穴場スポットとして機能していくのかもしれませんね。湯田中温泉、特急列車の行き先になるという強力なブランド力をほしいままにしつつも、観光地としての知名度は徒歩20分のところにある渋温泉にどうも勝てない、みたいなところがあり、そういう意味では独特の立ち位置にあるエリアです。

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 午後の光を浴びて輝く河岸段丘。河岸段丘は河岸段丘でもかなり小規模なものなので、どことなく箱庭、あるいは横浜市保土ヶ谷区を思い起こさせる、情緒ある眺めです。

 そうそう、今回泊まる宿なんですが、安代(あんだい)温泉というエリアの宿です。いや湯田中温泉でも渋温泉でもないんかいって話なんですが、一般に『湯田中温泉』『渋温泉』などと呼ばれるエリアというのはWikipediaにもある通り、9つの温泉街の集合体なんですね。ちなみにそれとは別に志賀高原の温泉街も5キロほど奥にあり、こちらも『湯田中エリア』の温泉と呼ばれることがあるなどややこしい……。9つの温泉街の中にはかなり近接しているものがあり、例えば湯田中温泉と新湯田中温泉は湯田中駅をはさんで隣接していますし、そこから段丘を降りれば星川温泉、川を渡れば穂波温泉といった具合。さらには温泉と安代温泉を隔てるものは細い用水路1本のみで、ぶっちゃけるとそれを境に宿のランクが若干変わります。

 えー、そんな細分化された温泉の名前の何が問題なのかといいますと、旅館が何温泉に属しているかによってどの外湯に入れるかが変わってくるという点なのです。すなわち、有名な渋温泉の九湯めぐりは、『狭義の渋温泉』の宿泊者にのみ解放されており、たとえば安代温泉の宿泊客は九湯めぐりはできませんが安代の外湯には入ることができる、といった具合。渋温泉(狭義)の宿だけちょっと価格帯が高いのは、そういうわけもあると思います。……この「多様性」と、その多様性に起因する「分断」というのは、世界の大国たるアメリカ社会を根幹から揺さぶっている問題そのものでもあります。アメリカと違うのは、「このやり方」をここ百年くらい続けて、それで上手くやってきてたという点と、公用語が日本語であるという点、あとはマックが無いということくらい。歴史と文化がある観光地というのは、観光という産業そのものが独自の個性を放つようになるんでしょうね。実際産業を営んでる側がどう思ってるのかは知りませんが、なんか観光業について知った口を叩きたいのであれば、一度とはいわず九度くらいは足を運んでみてもいいのかも。

 この後は安代温泉の外湯に入ったり、飯を食べたり、なぜか大学のオンライン授業を受けたりしたんですが、長くなってきたのでこの記事はいったん一区切りとします。最後に夜の渋温泉(狭義)の写真を3枚貼って〆にします。

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いよ~~~~


ポン